千葉・千倉の海女さんは、なぜウェットスーツを着ないのか

「海の日」の今日は、「海」をテーマにした記事にします。

東京のすぐ隣にありながら三方を海に囲まれた千葉県は、古くから豊かな海の幸に恵まれてきました。その外房などでは今でも海女さんによる漁が行われています。

なかでも南房総・千倉の忽戸(コット)地区では、昔ながらの白い磯着で海に潜る海女さんを今も見ることができます。なぜここの海女さんはウェットスーツを着ないのでしょうか。今回は千葉県千倉の海女さんの知恵や千葉の海で獲れる魚介などについてのお話です。

昔ながらの白い装束を守る海女さんたち

今では多くのところで、海女さんもウェットスーツを着て漁をします。サーファーの皆さんが着ているような、水中で体温の低下を防ぐスーツです。しかし、千葉県千倉の忽戸地区では、今でも昔ながらの白い磯着で海に潜る伝統が海人さんの中で受け継がれています。

なぜ千倉の海女さんたちはウェットスーツを着ないで漁をしているのでしょうか。

ウェットスーツを着ると体が冷えにくくなり、たしかに長時間潜ることができます。しかし、忽戸地区では「あえて長く潜れないようにする」ことで、アワビやサザエを乱獲することを防ぎ、豊かな海を次の世代へ残そうとしているそうなのです。

大切な資源を守るために、そのように不便さをも受け入れる。自然と共に生きてきた海女文化ならではの考え方なのだろうか、とそれを聞いたときはとても驚きました。

海女漁を支える道具と知恵

海女さんたちは、ゴーグルをキュッと吸い付けるようにつけて、浮きとなる樽を引きながら海へ向かいます。樽には網を取り付け、一緒に泳いで行けるようになっています。そして採った貝を網に入れていくのです。海面には樽だけが浮かぶため、「あそこに海女さんが潜っている」とすぐ分かります。

10メートル近く潜ることもあるという海女漁は、体力だけでなく高い技術も必要です。最初は、潜るだけでも精一杯だそうです。

漁を終えると帰ってくる道のりは岩場です。その岩場を歩いて戻る途中も、海女さんたちは手ぶらでは帰りません。何かを探しながら、寄せ集めながら帰っています。ひじきや天草を網の中に採りながら戻ってくるのです。網の中のアワビやサザエを乾燥させない工夫になりますし、岩場で採ったひじきや天草自体もお金にすることができます。まさに一挙両得です。

海女小屋は、体を休める大切な場所

漁を終えた海女さんたちが向かうのは「海女小屋」です。

私が訪ねた当時は小屋の中には大きな囲炉裏があり、そこで火を焚いていました。海から上がった海女さんたちはそこで、おしゃべりをしながら冷えた体をゆっくり温めます。

海から上がった体は想像以上に冷えているそうなので、そのまま帰ると体調を崩してしまいます。そのため、海女小屋では汗が出るほどしっかりと体を温めてから帰宅することが昔からの決まりとなっているそうです。年長者が若い海女さんたちの健康を気遣いながら、この習慣を守り続けているのです。

千倉で味わいたいアワビ

千倉では、黒アワビ、赤アワビ(メガイ)、そして今ではほとんど取れなくなってしまったマダカアワビなどが水揚げされます。アワビは刺身や、酒蒸しなどにして美味しく食べられます。

私のアワビのおすすめの食べ方は「磯焼き」です。

殻から身を外し、肝や口などを取って、身を1センチ程度に切ります。そこへ甘めの練り味噌をのせて殻ごと火にかけると、磯の香りと味噌の風味が合わさった贅沢な一品になります。

料理の神様が祀られる高家神社

千倉には、全国でも珍しい料理の神様を祀る高家(たかべ)神社があります。

御祭神は磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)。『日本書紀』には、景行天皇の巡幸の際、カツオと白蛤の鱠(なます)を献上したという記録が残されています。

約1900年前にはすでに、この地域が魚介類に恵まれた土地であったことがうかがえます。

千倉の高家神社
千倉の高家神社

カツオも、そら豆も千葉の春の味覚

千葉県はカツオの名産地としても知られ、勝浦港には毎年多くのカツオが水揚げされ、春から初夏にかけては、そら豆も旬を迎えます。潮風の強い沿岸部はあまり植物がよく育つところではありませんが、そら豆は潮風に強いのでこの土地でもよく育ちます。そら豆は関東では、浅草の三社祭の頃が食べ頃といわれています。

豊かな海と、それを支えてきた人々の知恵。食文化を通してその土地を知ると、旅はより一層味わい深いものになります。次に千葉の海を訪れる機会があれば、海女さんたちが守り続けてきた海の恵みと、その背景にある文化にも思いを巡らせてみてください。

著者

近茶流宗家 柳原料理教室 主宰
博士(醸造学)

東京・赤坂の柳原料理教室で、日本料理、茶懐石の研究指導にあたっている。

NHK大河ドラマなどのテレビ番組の料理監修、時代考証も数々手がける。 2015年文化庁文化交流使、2018年農林水産省日本食普及の親善大使に任命され、世界へ日本料理を広める活動を行う。

ライフワークは江戸時代の食文化の研究と日本料理・日本文化の継承、そして子ども向けの和食料理本の執筆・講義を通した子どもへの食育。

近茶流 柳原料理教室ホームページ
https://www.yanagihara.co.jp