21世紀は「発酵」の時代 ー なぜ今、世界が日本の「発酵」に注目するのか

日本が長年育んできた発酵文化。

いま、多くの海外の料理人や研究者から発酵への関心が高まっています。

そして海外の人たちによって、日本人には思いもよらない新しい発酵食品や料理、さらには発酵の活用法までが、これまでの日本の知識や技術を基にしながら次々と生み出されています。

発酵はもはや日本だけの文化でなくなり、「KOJI」「HAKKO」「UMAMI」・・と、世界の共通語になりつつあります。

「Unknown」が日本料理の魅力

私は来日した外国人で発酵について研究を続けている方と発酵について語り合う場を持ち、とても興味深く思うことがありました。以前デンマークのレストラン「NOMA」で発酵を使った料理の研究を進め、そののち東京・飯田橋でレストラン「INUA」を開いたシェフ、トーマス・フレベル氏です。

あるとき私は、彼にこんな質問をしました。

「なぜ日本で料理を学び続けるのですか。」

彼の答えは、とても印象的でした。

「Unknown(まだ知られていないこと)があるから。」

日本には、まだ理解しきれていない食材や調味料、発酵技術が数多く残っている。それをもっと知りたいから日本にいるのだ、と彼は話してくれました。

もしかすると、日本料理の魅力を敏感に感じとっているのは、私たち日本人ではなく海外の料理人かもしれない、とそのとき私は感じました。

彼は続けて、「Different(違う)」という言葉も度々口にしました。

ヨーロッパの料理は、煮詰めてうま味を凝縮し、油に香りを移してフレーバーを楽しむ文化が発達してきました。

一方、日本料理は、乾燥や発酵によって食材そのものを変化させることでうま味を引き出し、さらに発酵が生み出す香りを料理に取り込んできました。

同じ「おいしさ」を目指していても、その生み出し方は大きく異なります。彼とその違いについて語り合う中で、私がこれまで漠然と感じていた日本料理と海外の料理とのコントラストが、より鮮明に見えてきました。

麹の菌糸を使った料理を作るトーマス・フレベル氏と著者

麹文化が世界へ広がる理由

発酵とは、麹菌や酵母、乳酸菌などの微生物の働きを利用して食材を変化させ、おいしさを引き出す技術です。

なかでも日本では、麹菌を利用した発酵文化が大きく発展しました。奈良時代の醤に始まり、日本酒、醤油、味噌、みりんなど、日本料理を支える調味料の多くは麹菌によって生み出されています。近年では塩麹や醤油麹のように、麹そのものを調味料として利用する機会も増えています。

この麹文化が発達した背景には、日本の風土があります。

四季があり、高温多湿で海に囲まれた日本は麹菌が育ちやすい環境でした。

一方、比較的乾燥した地域の多いヨーロッパでは、チーズやヨーグルトなど乳酸菌を利用した発酵文化が発達しました。本来、乾燥した環境では麹菌を育てることは容易ではありません。

しかし現在では、発酵器などの技術が発達したことで、世界中のどこでも麹菌を培養できるようになりました。これも、麹文化が海外へ急速に広がった大きな理由の一つだと考えています。

日本酒の麹作り:蒸した米に種麹をふりかけているところ(種切り)

麹への考え方の違い

麹菌の最も重要な働きは、多種多様な酵素を生み出すことです。

その酵素が、でんぷんを糖へ、たんぱく質をアミノ酸へと分解し、甘味やうま味を生み出します。また、酵素の働きは温度やpHなど周囲の環境によって大きく変化します。その環境を整えることこそ、人間の大切な役割でもあります。

日本では、この「酵素の力」に着目して麹を利用してきました。

一方、海外では麹菌そのものを新しい素材として利用しようという発想が生まれています。

たとえば、麹菌の菌糸をパン生地の上で成長させ、その菌糸のベッドにキャビアを載せる料理があります。また、麹菌そのものを大量に培養してペースト状にし、固めることで代替肉を作ろうとするベンチャー企業も誕生しています。

私たち日本人が酵素の働きを活用してきたのに対し、海外では菌体そのものを食材として利用しようとしているのです。この発想の違いは非常に興味深く、日本人には思いつかない新しい可能性を感じさせます。

もちろん、カビには有害な毒素を作る種類もあります。しかし、日本で古くから利用されてきた麹菌(Aspergillus oryzae)は、ゲノム解析によってアフラトキシンなどの毒素を生産しないことが確認されており、安全性が科学的にも裏付けられています。

現在、海外では発酵に関する書籍が数多く出版され、日本では考えつかないような麹の使い方や発酵食品が次々と紹介されています。それらを見るたびに、日本人も負けてはいられないと感じています。

発酵文化の未来へ

味噌、醤油、みりん、酢、日本酒――。

これらは、日本料理の土台を築いてきた発酵の結晶です。特に醤油の誕生は、この二百年余りの日本料理の方向性を決定づけたと言っても過言ではありません。

しかし、それで完成したわけではありません。

日本には、まだ新しい発酵調味料や、新しい発酵料理を生み出す余地が数多く残されています。伝統を守ることはもちろん大切ですが、その伝統を基に新しい価値を創造していくことも、これからの日本人に求められる役割ではないでしょうか。

世界中で麹や発酵が当たり前に使われる時代が来たとしても、それで終わりではありません。

次の発酵文化を生み出すのは、私たち日本人でありたい。

世界が日本の発酵を学ぶ時代から、日本が世界へまだ存在しない発酵文化を提案する時代へ。

「Unknown」を生み出し続けることこそ、日本の発酵文化の未来なのだと私は考えています。

著者

近茶流宗家 柳原料理教室 主宰
博士(醸造学)

東京・赤坂の柳原料理教室で、日本料理、茶懐石の研究指導にあたっている。

NHK大河ドラマなどのテレビ番組の料理監修、時代考証も数々手がける。 2015年文化庁文化交流使、2018年農林水産省日本食普及の親善大使に任命され、世界へ日本料理を広める活動を行う。

ライフワークは江戸時代の食文化の研究と日本料理・日本文化の継承、そして子ども向けの和食料理本の執筆・講義を通した子どもへの食育。

近茶流 柳原料理教室ホームページ
https://www.yanagihara.co.jp