未来の和食はどんなものになっているだろうか。
「和食」「日本料理」と一言にいっても、そのあり方は、時代とともに大きく変化しています。
今の日本料理の味や姿は、100年前とは言わず、10年前のそれとも異なり、変化のスピードも速くなっている、と私は感じています。
私は、子どもたちへの食育をライフワークとしていて、変化し続ける日本料理をどう伝えるのが良いのかを、まさに模索しています。そんななか、近年、小学校でプログラミングが必修となったこともあって、子どもたちへ和食を伝えるためのツールとしてプログラミング的思考を用いることを思いつきました。
和食調理とプログラミング的思考
2020年開催の東京ガス主催の食育シンポジウムの中で、私は「プログラミング的思考と和食調理」というテーマで話をしました。なぜ「プログラミング的思考」と「和食」をつなげたのか。
プログラミング的思考とは、論理的に物事を整理して問題を解決するための思考法です。問題を小さく分けて規則性を見つけ、効率的な解決方法を考えます。つまり、結果に近づくために、どのようなルートを通っていくかを自分自身で考える力を養う思考トレニーングです。
プログラミン的思考と親和性の高いのが料理です。想像力を働かして何を作るかを考え、食材を選び、食材を下準備し、調理法と調味料を考え、順序立てて調理をし、器を決め、盛り付ける。こうやって、小さいプロセスに分解し、その一つ一つの工程を解決していって、最終的においしい料理という結果が得られるのです。
肉じゃがとプログラミング思考
具体的に肉じゃがを作ることを考えてみましょう。
私たちは、肉じゃがの味と盛り付けられた姿などは、イメージすることができます。しかし、実際に作っていく中で、幾つもの判断を迫られるポイントがあります。
- 食材は何にするか
- 肉は牛肉にするか豚肉にするか?
- ジャガイモは男爵系か、メークイン系か?
- 他に何を入れるか?たまねぎ、白滝?
- 食材の下処理
- ジャガイモはどのくらいの大きさ、形に切るか?
- 出汁の種類はどうするか?
- 調味料
- どの調味料をどのタイミングで入れるか
- 加熱時間
- 食材を入れる順番とタイミングは?
- 火を止めるタイミングは?
- 盛り付け
- 器は何を選ぶか?
- どのように盛り付ける?
それぞれの工程で生まれる課題を自分で考えながら、決断していかなくてはなりません。一つの判断がその後の味に変化をもたらし、料理の仕上がりである結果も異なってくる。手順を考え、決断を繰り返すこと、一つの決断が次の工程に影響していくこと、これらがプログラミング的思考と重なるところです。
料理の結果判定は楽しい
プログラミング的思考は、日常生活の広い範囲の中のあらゆる課題解決に役に立ちますが、料理には料理ならではの良さがあると思います。
再現性のある解決策を導き出すプログラミング思考。料理では、出来上がった一品がどんな結果であったか、それを味わうことで評価できますね。
そして、次に作るときにもっと美味しくするには、どの工程を改善したら良いか(材料をもっと小さく切った方がよいのか、煮る時間を長くした方がよいのか)など、自分だけでなく、結果を共有した相手(料理を一緒に味わった家族や友だち)とともに考えることができます。そして次の成果物も一緒に評価することができます。誰かと楽しくシェアしながら、次の新しい課題へとつなげていけるのです。
和食の課題
料理においては、何を作りたいかを考えることが料理のプログラミング思考のスタート地点になります。私はいま、その出発点の部分に和食の危機感を感じています。
何を作るかを考えるときに、私たちは、作ったことのある料理、もしくは、今までに食べたり見たことのある料理など、なんらかの形で経験したことのあるものの中から選び取っています。しかし今、日本人の和食に関しての経験値が小さくなってきていると感じています。つまり、和食を食べる経験が減っている現状があります。
自分が食べたことがない料理をつくるのは、なかなか難しいことです。我々の食の経験がそのまま、次の世代への伝承につながっているということなのです。
次の世代への食の伝承
味、食材、技術の伝承が大切だと思っています。
味については、まずは私たちが、様々な料理を体験して知っているということ、そしてそれを次世代である子どもたちにも経験させてあげられる機会を作ることができたらいいなと思っています。
食材はパソコンでいうプログラミング言語と同じですから、食材についての知識、さらにはどの食材同士を組み合わせると美味しくなるかという食べ合わせについても知っていると、料理の幅がさらに広がります。
家庭科とプログラミング思考
学校の家庭科も変わっていくのではないかと思っています。
今までの家庭科というと、模範となる料理法が提示されて、子どもたちが言われた通りに同じように作っていくという形でした。そのあり方は、子どもたちに対して、ある料理についての最短距離を教えてあげるということになります。もちろん、そのやり方をすれば、その料理についてはできるようにはなりますが、料理に対する子どもたちの理解が本当に深まったかどうかは、わからないのではないでしょうか。
家庭科にプログラミング的思考をあてはめると、まず大人がスタートとゴールだけを決めてあげて、その道のりをどのように通っていくのかを子どもたちに考えさせることも可能です。遠回りをするかもしれない、または近道を見つけるかもしれない。たどり着くための問題解決の仕方は子どもたち次第です。
プログラミングには人間力も必要
シンポジウムでご一緒した、プログラミング教育の専門家で東京学芸大学附属竹早小学校教諭の佐藤正範先生(現在は北海道教育大学 未来の学び協創研究センター)とのお話の中で、先生は何度も「結局は人なんです」とおっしゃいました。パソコンという道具を使ったとしても、作るのは人間なのだから、人間力を鍛えないと良いものはできない、と。
料理はプログラミング的思考で考えることができますが、同時に、料理は人間らしさの骨頂でもあります。そこが面白いところです。その点では先生のおっしゃる通り、人間力を鍛えることも料理には必要です。
2020年から小学校でプログラミング教育が導入されました。そこにはプログラミング的思考を育む狙いがあるそうです。プログラミング的思考を身につけることは、論理的に考え、問題解決し、創造力を高めることにつながります。
料理も、そのような力を必要とするものです。行き先さえイメージできれば、正解が一つだけではなく、自分たちで答えを導き出すこともできる。そういうアプローチができる魅力があるのが料理です。

